狭庭にも秋

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夏の万座温泉 完

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国宝「東置繭所」。
入場料1000円を払って見学開始。

世界遺産、国宝「富岡製糸場と絹産業遺産群」。
群馬県では古くから養蚕、製糸、織物といった絹産業が盛んで
富岡製糸場をはじめとする文化遺産が数多く残っていて平成26年(2014)世界遺産に登録。

明治5年(1872)に政府が模範工場として設立した器械製糸工場。
1987年、操業停止。

明治の初期、繭の収穫は年に1度。
生糸の原料である乾燥させた蚕の繭を保管しておくために巨大な倉庫が必要。
ここには東置繭所と西置繭所の2棟の貯繭倉庫があります。



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1階展示場内。



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室内の階段は使用禁止。
見学者は外階段から2階に上がります。



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中庭を抜けると正面に国宝「西置繭所」があります。

この西置繭所は調査により細かな点まで変遷が明らかに。
工場のシステムの変化を知るうえでとても貴重で価値が高いことがわかりました。
最盛期の昭和49年頃の姿に復旧するために2015年から保存修理中。

公開は2019年春頃までの期間限定。



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ヘルメット着用(貸出料200円)。

中では屋根の吹き替えの様子などガラス越しに見学できますが残念ながら撮影は禁止。
1年分の繭を保管するため全長100mを越えるという倉庫の巨大さに驚きます。



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今まで非公開だった鉄水溜(明治8年造)。
2006年、国重要文化財に指定。



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必要とされる大量の水を地下水や製糸所の下を流れる鏑川などから汲み上げ貯水したタンク。
直径15m、最深2,4mの巨大なタンクで約400tもの水を溜めることができる。



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日本で現存する最古の鉄製構造物。
輸入した鉄板を横須賀造船所関連の施設である横浜製造所で基本的造作をすませた後
ここ製糸場まで運ばれ組み立てたもの。

軍艦を作る技術であるリペット止めがされている。



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鉄壁に1ヶ所穴があけられていて中を覗くことができます。



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土台には群馬県南牧村の椚石(クヌギイシ)が使われている。
石は微妙に傾斜が出るように設置されています。



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ここには男性のボランティアさんがいてなぜ土台の石が沈まないのかとか
興味深い話を色々してくださいました。
日陰だったので暑さに参ることもなくゆっくりお話を伺うことができました。



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乾燥場の煙突。
乾燥場は平成26年(2014)2月の大雪で半壊したとのこと。



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暑さ対策にミストのサービスがありますが殆ど効果が無いような><。
とにかく蒸し暑くて熱中症になりそうです。
ついに売店でアイスキャンディーを買って一休み。
高原の涼しさが恋しい^^。



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国宝「繰糸所」。



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繰糸所内部。



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首長館(ブリュナ館)。
指導者として雇われたフランス人、ポール・リュブナが家族と共に暮らした家。
「生糸の神様」と言われた人。

後にこの建物は宿舎や工女に読み書き、裁縫などを教える学校として利用。



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説明が何も書いてありませんが何を発掘しているのでしょう。
この後、当時の社宅なども見て歩きましたが怪しげな風が吹き始め黒雲が出てきました。
駐車場まで結構歩くので急ぐことに。



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途中にあった古い建物。
やはり発掘中のようです。

絹遺産群のマップを見ると県内の広い範囲に見どころが散らばっているのがわかります。
時間があればこれらをゆっくり回るのも面白そうです。



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空が真っ黒になってきました。
雷もゴロゴロ・・・



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駐車場のおじさんがニコニコ笑って「間にあって良かったねぇー」と。
この後しばらくは豪雨、雷、稲妻とスリル満点のドライブとなりました。
毎度のことながらドライバー役を一手に引き受けてくれた娘に感謝です。



長々とご覧いただき有難うございました。
写真も毛無峠など繰り返し載せてしまいましたがそれでも伝えきれない思いです(笑)。
見渡す限り何もないのが良いのです^^♡
百聞は一見に如かず・・・機会がありましたらぜひ訪れてみてください。
お勧めの場所です。


終わります。




































夏の万座温泉 ⑧

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毛無峠からの帰り、車から降りて眺めた滝の傍に咲いていたカライトソウ?



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止まっているのはシャクの類だと思います。



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万座温泉空吹前の無料駐車場まで戻ってきました。
宿泊した万座プリンスホテルの部屋から見えた「空吹」が目の前です。

展望台があったので車を降りて途中まで上ってみましたが
木の階段を上るとすぐ草ぼうぼうの細い山道になってしまったのでそこでストップ。



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滝のように水が流れていた所は今日は殆ど流れもなく石畳のようなものが見えます。
「本白根探勝歩道入り口」とありますからやはりここから入るようです。



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万座ハイウェイ沿い、小さな池を通り過ぎましたが、引き返して池の傍近くに行ってみました。
思いがけないほど美しい池、「弦ヶ池」です。



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地図にも載っていないほど小さな池ですがその美しいこと!!!
後で調べてみると知る人ぞ知るのビューポイント。

広いヤチスゲの湿地だそうですが夏場で水が多く近寄ることができません。
少し近寄ると足元がずぶずぶとめり込んで危なげになります。



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6月下旬はワタスゲ、秋は紅葉が素晴らしいとのこと。
お天気の良いことも幸いして素晴らしい色です。



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いくら見ても見飽きない美しさです。
秋の紅葉が池面に映える頃もさぞ美しいことでしょう。
見てみたいものです。



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イトトンボや・・・



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赤とんぼ、秋の気配が感じられます。



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再び嬬恋牧場に来ました。
ここで昼食。



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今日は快晴、先日と違って素晴らしい眺望。
同じお馬さんが同じ場所に^^。



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焼きトウモロコシの屋台の看板犬^^。



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この後、このワンちゃん、空の一点を見つめて吠え始めました。
立ち上がってもなお同じ一点を見つめてずーっと吠え続けてています。
屋台のご主人も不思議そうに首をかしげていました。

この後この辺りは猛烈な雷雨にみまわれたというカーラジオからのニュース。
ワンちゃんは何か気配を感じ取っていたのかもしれないねということになりました^^。



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東京への帰り道だからついでにと「富岡製糸場」に寄りました。
高所から地上に戻ったとたん猛暑に見舞われ身体が追いついていきません。

暑さにうんざりしてしまってせっかくの世界遺産だというのに
かなり気のない見学となってしまいました><。

続きます。













夏の万座温泉 ⑦

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昭和46年、小串硫黄鉱山が閉山してからも立ち続け厳しい環境に耐えてきた索道。
今も晴れたり曇ったり霧の中に姿を消そうとしたり・・・



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道路から下の斜面を見下ろすと索道が続いているのがわかります。



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斜面の下で美しく紅葉しているのは漆の木でしょうか。



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破風岳方向はかなり濃い霧になってきました。
この毛無峠から破風岳への道はトレッキングには素晴らしいところだそうです。
いつかまた訪れて歩いてみたいものです。



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駐車場に戻って群馬県側の斜面を見下ろしていると・・・



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まるで模様のように美しく蛇行する道をバイクが2台。
私たちのあとからやってきた人たちです。
立ち入り禁止の看板の脇が入れるようになっていましたからそこから入ったのでしょう。



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小山になった台地にはすでに先客がいました。



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合流。



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台地の下には何か建造物が残っています。



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この残骸は何でしょう。



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私がよそ見をしている間に1人がバイクで斜面を降りて行ったぞと夫が言うので
私も見たいと興味津々で待ち構えていましたが残念、なんだか寛いでいますね^^。
午前11時過ぎ、そろそろ引き上げることにします。



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飛んできた鳥が1羽、岩の上に止まりました。
この後にもまた1羽。



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羽の特徴からホシガラスのようです。

黒い身体に白い模様が「星」のようだということでついた名前。
きれいな夢のある名前ですね。
渡り鳥ではないとのことですから近くに巣があるのでしょうか。



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毛無峠へ来る途中で車窓から見た滝。
帰りは車から降りてゆっくり眺めます。



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崖はこんな絶壁。
見るからに落石が恐ろしいです!!!



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続きます。


なお「小串鉱山」や「毛無峠」で検索すると興味深い探検ブログが見つかります。
検索してみてください^^。



夏の万座温泉 ⑥

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ホテルに戻る途中、万座ハイウェーの中ほどに昔栄えた吾妻硫黄鉱山跡があります。

大正3年、採掘開始、昭和15年、小学校開校。
昭和46年閉山。



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今は全く人の気配もなく「会社所有地につき立ち入り禁止」のロープが張られていました。
霧の向こうはどうなっているのでしょうか。



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お地蔵様の脇に建てられていた碑。
望郷の地蔵尊・・・無くなってしまった故郷への思い・・・切なくなります。



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手入れされ大切にされている様子がうかがえホッとする思いです。



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少し青空^^。



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明日のお天気はどうでしょうね^^。



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3日目、目覚めると窓の外ははじめて霧のないすっきりとした朝。
目の前の「空吹」の蒸気もきれいに見えます。

気まぐれお天気の気が変わらないうちにとさっさと朝食をすませチェックアウトし
この旅の大きな目的の1つである謎の(笑)場所に向かいます。

今日のお天気に賭けて正解でした^^。



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ここで~す!!!



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この謎の行き止まり・・・
ここへ向かいます。



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この道路際に珍しく傷もなくくきれいに咲いていた宵待草。



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ウツボグサ。



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イタドリに憩う蝶。



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道幅の狭い落石がゴロゴロしているような道をしばらく走ると前方に見えてきた毛無峠。
見たことのないような景色にワクワクします。

白く見えるのはキャンピングカーでしょうか。
先客がいるようです。

毛無峠(けなしとうげ)・・・長野県高井郡高山村と群馬県吾妻郡嬬恋村をまたぐ峠。
標高1823m。

毛無峠とは常に強風が吹きつけるために木が生えないことからついた名前。
「毛」の古語には「樹木」の意味があるそうです。

今は長野県側からしかアクセスできません。



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尾根の道は遠くからでもはっきりわかりますがまた霧が出てきました。
右に見える白い柱は「小串鉱山物故者追悼の標」
昭和12年、大地滑り発生の際、犠牲になった245名の方たちを追悼。



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幸い道中対向車もなく無事広い平らな場所に着きました。
先ほど見えたキャンピングカーの人たちとほかに車が1台のみ。

当時のままにすっくりと立っている索道。
道路標識にもあった群馬県側の小串(おぐし)から長野県側へ荷物を運ぶためのリフトです。
見たことのない光景に感無量です。



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倒れているものも・・・。



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破損しているリフトの滑車。



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来た道を振り返って・・・



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唯一咲いていた花はオトギリソウ?



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更に山の方へ歩いていくと先ほどの車。
ラジコングライダーを飛ばしに来たようです。



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この毛無峠はラジコン愛好家のメッカだそうです。



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霧が晴れるのを待ちきれず機体を持って山道を登っていく人^^。



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先に進む道と山を下る道との分岐点。
この県境にある看板が「群馬県は危険なのか」と笑いのネタにされるという看板^^。

ロープが張られていますがあまり役に立っておらず
バイクの人たちやハイカーはこの道を廃墟へと下っていくようです。



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細いながらもきちんと道が確保されているので山道の先を破風岳へと進んでみましたが



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霧が濃くなってきたので途中で引き返しました。



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駐車場から眼下に見える小串硫黄鉱山跡。



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小串硫黄鉱山・・・群馬・長野県境の標高2000m近い豪雪地帯。
最盛期には2100名もの人々が生活していた日本最大級の硫黄鉱山。
高い技術を持ったエリート集団だったとのこと。

大正5年、操業開始。
昭和9年尋常小学校小串分教場。

昭和12年、大地滑り発生により245名もの犠牲者が出る。
廃業を危ぶまれたが翌年には操業開始し、高等科も設置。

しかし大気汚染問題や原油に含まれる硫黄分を除去した時の
副産物である硫黄が主流となるにつれ鉱山は衰退し昭和46年に閉山。

先に訪れた吾妻硫黄鉱山も同様の理由によって閉山しています。



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霧の状態が目まぐるしく変わりリフトが霧でかすんできました。


次回毛無峠の様子をもう少し。
続きます。