東日本大震災から5年・・・①

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東照宮。
といっても日光東照宮ではありません^^。

今月15日から2泊3日で仙台市に行ってきました。
高齢の義姉夫婦の様子伺いと義父母のお墓参りをするためです。

私たち夫婦は皆より1日早い16日に仙山線を利用して墓園へ。
お墓参りを済ませその足で仙山線沿線の東照宮へ。



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お墓参りはいつも誰かしらの車に便乗。
そのため電車沿線のことは何も知りません。
初めて訪れましたが、格式の高さを感じました。



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1954年(承応3年)伊達忠宗が創建。
東照大権現(家康)を祀っています。
伊達家の守護神。



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随身門をくぐり社殿へ。



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葵の紋。



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横から奥を見てみます。
唐門、透塀、とても美しい姿です。

日光東照宮は権現造り、
こちらは拝殿を別棟に配している点で様式が異なるとのこと。



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神楽舞台。



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一重の椿の木がそこかしこに植えられ今が盛り。
満開の花も散り敷かれた花もとても美しく風情のあるものでした。



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再び仙山線に乗り仙台へ。
そこから地下鉄東西線に乗って国際センター下車。

センターの広い敷地を抜けて仙台城大手門跡、脇櫓の横を通り長沼へ。



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対岸の土手は茂る木々でうっそうとしていたようなと記憶していましたが
木は低く切られ落葉のせいもあってすっかり明るい雰囲気になっていました。
この沼は昔々息子たちがザリガニ釣り(餌はスルメ)に夢中になった沼^^。

沼の脇の坂道を登って修復し終わった清水門跡から天守台へと歩きます。
途中、博物館のレストランで遅い昼食。



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ここは未だに崩れた石垣の修復が終わらず立ち入り禁止になっています。



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天守台にたどり着いて目に飛び込んできたものにびっくり。
すっかり平らにきれいに整備され、何やらたくさんの礎石が・・・。



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調べてみると平成13年から大広間跡を中心とする発掘調査が行われ
これらの礎石は大広間内部の礎石とのこと。
それぞれの部屋の大きさや名前がわかるようになっています。
このプレートには柳の間、畳敷、4畳とあります。

仙台城は雅称を青葉城。
家康に警戒されないようにあえて天守閣を造らず
大広間と言われる桃山風の書院を造ったとのこと。
その大きさはとても想像できません。



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東屋が新しく出来ていましたが、伊達政宗の騎馬像は昔のままに凛々しく。



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木々が生い茂って視界を遮っていた場所もすっかりきれいになり
眼下の様子もはるか遠くの様子も良く見えるようになっていました。
お天気にも恵まれて素晴らしい眺望です。

遠くに見えるのは七ツ森と言って7つの山の総称。
仙台都市圏の北辺の目安となっている山。

平成24年7月から石垣復旧工事開始。
中門、清水門、本丸北西、酉門の復旧工事が平成27年2月17日に完了。

それにともない通行止めになっていた市道(仙台城跡線)も全面解除。
帰りはこの道を歩いてみましたが
歩道が広くなり柵など設置するなど安全対策もされていました。

天守台に大きな「昭忠碑」がありますが
地震の影響で碑のてっぺんから落下してしまった巨大な鳶の像は修復中。
元の台座に納まるのも近いようです。
それにしてもどうやって台座に乗せるのでしょう。
翼の直径は6m70cmもあるそうです。
クレーンを使うにしても碑自体がとても高いので大変な作業だと思います。

仙台駅周辺や青葉城に関してはほとんど大震災の爪痕は感じられませんでしたが
翌日訪れた福島県白河にはまだまだ生々しい傷跡が残っていました。

続きます。


***青葉城に関しては
カテゴリ東日本大震災、2011、8、5の記事をご覧いただければと思います。



































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仙台から白石へ。

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連泊したホテルをチェックアウト。
帰りは白石から新幹線に乗ることにしたため
リュックを背負ったまま東北本線に乗り白石へ。
ホームに降りたら面白いものが。



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油庫です。
明治20年12月15日、白石駅が営業開始した時に
灯火類を収納した貴重な建造物。



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内部の様子。
ギャラリーになっていました。



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城の土手下を流れる水路。



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びっしりと実をつけた柿の木。
ヒヨドリがにぎやかに飛び交っていました。



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城に着きました。
木造建築による完全復元天守として平成7年3月に復元。
明治7年に取り壊されて以来120年ぶりの再現。
戦後の木造天守では高さ、広さは日本最大級。



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最初に目に入る石垣です。
左側(南)は自然石を加工せずに積んでいった野積み。
右側(北)が四角形に加工した石を積んだもの。
もともとは野積みだったものが雨や地震によって崩れたために修復。
度々修復されたことが片倉家の記録に残されているそうです。



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この白石の地は後三年の役(1083~1087)以降
大雑把には伊達~豊臣(蒲生)~上杉~伊達(片倉)と支配者が変わり
以後白石城は明治維新まで260余年間伊達家の家臣の片倉家の居城。
城主は初代の小十郎景綱を受け継いで代々小十郎を名のる。

片倉小十郎景綱は伊達正宗の幼少のころからの守り役として
生涯をささげた文武両道の名将。

病に侵された正宗の目を
小柄でえぐりだしたとかいう逸話が残っていますが
これは後世つけ加えられた話のようです。



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大手二階門。



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階段は当時は梯子段。
手すりの代わりに鎖だったとか。
敵が襲来した時は梯子を外して敵に備えたとのこと。



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見下ろして。



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足にも気持のよい木造の内部。



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城を出てから保存されている片倉家中の武家屋敷、旧小関家を訪れました。
平成3年、小関家から白石市に寄贈された際に全面修複。
解体時の墨書により260余年前の建築と判明。



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家の前面、側面には清らかに澄んだ流れ。



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家の中。
武士の家というよりむしろ農家を思わせます。
次第に武家屋敷として体裁を整えていく過渡的な様子を残している貴重な家屋。



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囲炉裏のある居間の天井。



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家の裏庭は水路に面しています。
川に降りる石段があるのできっとここで野菜などを洗ったのでしょう。
花の終わったシュウメイギクが川面をのぞき込んでいました。


風が冷たくなってきました。
そろそろ帰ることにします。
えんえんと歩いて新幹線白石駅へ。
満席に近い状態でしたが、何とか座席指定券も確保できました。



長々とご覧いただき有難うございました。
終わります。












仙台から石巻へ

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仙台市に住む義姉夫婦。
2人して体調の悪い日々が続き心配していました。

ベトナム旅行から帰ってすぐ東京。それからまた仙台へ。
今夕から再び東京・世田谷です。
12月も半ばだというのに慌ただしい日が続きます。

10日、新幹線で仙台へ。
福島に近づくにつれ富士山に似た山が車窓の左側に。
まさか「吾妻小富士」???



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まさかの「吾妻小富士」でした。
麓で見上げたのとはまるで違う巨大さ(@_@;)

2013年5月にこの山の火口の縁まで登っているのですが
車窓から見る山は登ったとはとても信じられないような高さに見えます。(カテゴリ福島県参)

今日の朝刊で吾妻山(吾妻連峰)の警戒レベルを2にあげたとの記事。
2は立ち入りを規制するレベルです。

吾妻山の最高峰は2035mの西吾妻山。
「魔女の瞳」に会いたくて登った一切経山は1948、8m。
そして吾妻小富士が1703m。



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思っていたより元気そうな義姉夫婦の様子に少し安心。
仙台駅前のホテルに宿をとった私たち夫婦は
2人に気遣いさせないように自由勝手に行動することを宣言^^。
仙石線に乗って石巻に行ってみようということになりました。

宮城県出身の漫画家、石ノ森章太郎の絵が描かれている車両。

3年と9か月。
仙石線は東日本大震災の際に破壊された線路がまだ完全復旧していません。
松島海岸駅で下車し、代行バスで矢本というところまで行き
そこからまた電車に戻って石巻まで。



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バスから見た復興の様子。



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石巻駅。
矢本から再び仙石線に乗り石巻に着きました。
とりあえず旧北上川を目指しました。



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ドームのようなものは石ノ森漫画館。



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住吉公園の浮島にかかる赤い橋。
島は市民の憩いの場だったところですが
津波に破壊されて今は立ち入ることができません。
橋もかさ上げされた堤防にくぎ付けに。

川の対岸(画面左側)には崩壊した斜面が。


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形が良かったに違いない松も津波によって枯れていました。
松の下に見える小さな石が「巻石」。
この石の周りを巴状に水が渦をまいたところからこの名前があります。
石巻の名前の元になった石ですが
地震による地盤沈下のせいで沈んでいるため小さく見えます。



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堤防で。



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川沿いの家。
空地も多くありました。



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大きな家ですが空き家です。



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ガレージのシャッターもゆがんでいます。
但し、家が傾いているのではなく写真が斜めに(>_<)



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赤い橋の前の同じく住吉公園。
江戸時代、住吉神社の境内に寿福寺というお寺があり
この鐘はそのお寺のものだということです。
お寺は現在は別の場所に(震災とは関係なし)。



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住吉神社。



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石段を登ると小さなお社、愛宕社がありました。



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この小さな山が津波の時の避難場所になったとのこと。

震災前の石巻を知らないので何とも言えませんが
街に関しては地震や津波の痕跡はほとんど見受けられませんでした。
ただメイン通りでも商店はシャッターが下りているところが多く
人通りも全くと言っていいほどなく活気がありませんでした。

今日、テレビで仙石線の不通区間が一部繋がったというニュース。
実際に見てきただけに作業に携わる方たちのご苦労が実感できます。

帰りは石巻から高速バスで一気に仙台まで。
翌日は、伊達正宗の家臣として生涯をささげた片倉小十郎の城下町「白石」を訪れました。

続きます。


***** 東京初雪 *****