岡山・吉備路、備前 ②

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タクシーの運転手さんに今しばらく待ってくださるようお願いして
閑谷川に沿って黄葉亭に向かいます。

歩き始めてすぐのところにある椿山。
奥には池田光正の遺物を収めた御納所があります。

閑谷学校が完成した翌年
建築を担った津田永忠が守護の願いを込めて築いたもの。
400本近い藪椿がまるでトンネルのように。




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川の水は何故か白濁しています。
閑谷学校前の梅林にある池、「泮池」も
青や緑に白を混ぜたような濃い色をしていました。




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黄葉亭。
文化10年(1813)に来客の接待や
教職員、生徒の憩いの茶室として建てられたもの。




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黄葉亭に行く途中にある津田永忠の屋敷跡。
広大な跡地です。

道々、これから東京に帰ると家に着くのは夜中になってしまうから
岡山でもう一泊しようということに意見一致。

タクシーの運転手さんに
長々と待たせてしまったことをお詫びして伊部駅に向かいました。




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岡山行き電車が来るまでしばらく時間があります。
駅に戻る途中、車の中から窯場の煙突が見えたので煙突さがしに歩きます。
思いがけなく昼頃訪れた天神神社の看板がありました。




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煙突を探して歩道橋の上まで行ったり・・・。
本当は煙突は7本見えるのですが
どうにか6本、画面に収めることができました。

伊部から岡山へ。
今夜の宿を探さなければなりません。

岡山駅の観光案内所へ。
何やら大きな大会があるのでどうかなとのことでしたが
幸い駅近くのホテルにチェックインできました。

朝、岡山駅構内のどこかで落としてしまったお気に入りのストール
ダメもとで聞いてみたらちゃんと駅の公安室に届けられていました。
拾ってくださった方に感謝です。
旅行中一番うれしかったことでした(^^♪




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吉備津神社。

6日目、最終日。
呑気な私たちは目いっぱい楽しもうと
再び荷物を岡山駅のコインロッカーに入れて諦めていた吉備路へ。

岡山駅から吉備津線に乗り、備前一宮駅下車。
桃太郎伝説の元となった
大吉備津彦命を祀ってある吉備津彦神社をざっと見て
この日のメイン、吉備津神社に急ぎました。




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吉備津神社。
吉備津の国を開拓、平定したといわれる
吉備津彦命を祀っています。
吉備津彦神社との関連は???




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ちょうど結婚式が。
社殿は比翼入母屋造りで国内唯一の様式。
吉備津造りとも言う。




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この日の一番のお目当て、長い回廊。
約400mあるとのこと。




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どうしたことか、いきなりどしゃ降りの雨に。
ニャンがやってきて俵の上で雨宿り。
私たちは運よく回廊の屋根の下でした。




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雨はひどくなる一方、まるで豪雨です。
超晴れ女の私 「2人とも私に対して感謝の念が足りないんじゃない?」
娘、私に向かって手を合わせ
 「○○様、どうぞお天気にしてください」と拝みました。

あら不思議、急に小降りになりみるみる青空が広がりました。
あまりの間の良さにおかしくて大笑いです。
でも、ここでお天狗になってはいけません。
神様のおかげと感謝いたしました^^。




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先程の大雨が嘘のような春うららな吉備路。
途中、犬養毅の「木堂記念館」の前を通り
ひたすら歩きます。




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すきっ腹も限界という頃
やっと讃岐うどんのセルフサービスのお店を見つけて昼食。
ひと休みして元気を取り戻し、撫川城址に行ってみました。




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沼城とも言うそうです。
「沼城」・・・初めて聞きます。

現存する城としては珍しいもので
昭和32年に岡山県指定史跡の第1号となったそうです。

城址は永禄2年(1559)に
備中成羽城主が砦を築いたことから始まります。
詳しいことは省略。




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脇目も振らず歩いてきて植込みに入り込むや気持ちよさそうに^^。
きっといつものお昼寝の場所なのでしょう。




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すぐ近くにはもう1つ庭瀬城址が。
やはり沼城です。




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満足満足で帰路につきます。




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岡山駅16時22分発のひかりに乗って東京へ。
始発なので自由席でもガラガラでした。

新幹線の窓から撮った新装なった姫路城。
公開されて毎日長蛇の列とか。

大修理中の姫路城を見学しましたが
2度とないとても貴重な経験だったと思います。(カテゴリ兵庫県参)


買い物は倉敷で・・・鯉のぼりにニャンコの小さな焼き物。
吹屋で・・・ベンガラ染めのスカーフ。
備前で・・・備前焼コーヒーカップ1個(夫用)。 訳ありの安い小皿二枚^^。
きび団子、その他。


長々とご覧いただき有難うございました。
旅の記録、これで終わります。
最後は駆け足になりました(*_*;

記述に間違いがあるかと思います。
また見直しながら訂正していきたいと思います。

ご指摘いただければ嬉しいです。
よろしくお願いいたします。






≪ おまけの2枚 ≫


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吉備津彦神社の参道前で出会ったカワラヒワ。



















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岡山・備前・旧閑谷学校

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伊部(いんべ)駅からタクシーに乗って20分程で到着。
30分もあれば見学できるという運転手さん。
戻るまで駐車場で待ってもらいます。

学校の正門です。
建造物の中で唯一棟に鯱(しゃち)が乗っています。

奥に見えるのは孔子を祀る聖廟。
門前の梅林は後のものだということです。




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閑谷(しずたに)学校は寛文10年(1670)に創建。

藩主池田光正が重臣津田永忠にその建設を命じたもの。

武士が学ぶ学校は岡山市内にあり、それとは別に
庶民の学校、地方のリーダーを育てる目的で建てられた2つ目の藩直営の学校。

完成は光正の死後、2代目剛政の頃。
現存し、庶民が対象であること、学校建築物であることとしては世界最古とのこと。




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校門をくぐって中に入りました。




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閑谷神社。
学校の創始者、池田光正を祀っています。
左側の建物は孔子を祀ってある聖廟ですが
その聖廟より一段低い位置にあります。

聖廟の前には1対の楷(かい)の巨木が植えられています。
中国の孔子林の種を育てたということです。
紅葉の頃の写真が資料館にありましたがそれは見事です。



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特徴のある石塀がずっと後方まで。
この石塀(せきへい)についてはまた後ほど。




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聖廟。




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講堂(国宝)。
こけら葺きの屋根の上に垂木ごと漆をかけた一枚板を張り
その上に備前瓦を乗せるという凝った造りです。

今でも研修生たちが床に正座して
論語の講釈を受けるという「講堂学習」する姿を見ることができるそうです。




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磨き抜かれた美しい床。
柱と共に江戸時代から今に至るまで
ここに座った生徒たちによって拭き込まれたものだそうです。




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小さな建物があり、その前を通り抜けようとしたら
管理の方なのか「ちょうど開けるところだから中を見ていいよ」と。
「中にあるのが何かわかるかな・・・」とにこにこととても楽しげに^^。

「当たればお父さんビールが1本飲めるかもしれないよ・・・」

「麒麟(きりん)」の像でした(@_@。

何やら機材を持った男性が中に入ったので撮影かと思いましたが
行く先々でこの方たちと一緒になります。
お話を伺うと半年に1度の定期点検だとか。

「麒麟」を見せてくださった方がとても感じの良いお話し好きの方でした。




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習芸斎。左は飲堂。
パンフレットによると
習芸斎では毎月三と八の日には五経と小学の講釈が行われ
朔日(ついたち)の朱文公学規講釈には農民の聴講も許されたとのこと。

飲堂は教師、生徒の休憩室。




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定期点検の方たち。
文庫の鍵を開けて中に入るところ。
鍵も昔からの大きな複雑な鍵だそうです。

中は厚い扉が確か3重になっていてそれぞれに鍵がかかっています。
私たちが興味津々でじっと見ていたら
皆さん中に入ってから「麒麟」の男性が最後に入って
「ごめんね」と一番外の扉を閉じました(笑)。




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火除け山。
樹木のない人工で築かれた山。
丘の東には重要な建築物が全てあります。
西には学舎や学寮があり、もしそこから火が出たとしても
丘の東には絶対に火が移らないようにしたものです。




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延々と続く石塀。
校地を取り巻いている石塀は長さ765m。
この石組は切込みはぎ式と言われるもので他に類がないとか。
元禄14年(1701)の完成。
私ももちろん初めて見ます。
とても不思議な感じがしました。

カーブのなめらかなこと!
触ってみるととても暖かくスベスベ。




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ここは珍しく苔がついていました。




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資料館。
明治38年(1905)、閑谷学校学房跡に建てられた私立閑谷中学校本館を利用。
明治末期の学校建築としても貴重な建物です。

中は興味深い資料が整然と展示され全部で7室ありますが
珍しく飽きることなく見て回りました。

山田方谷(既出)も明治6年この閑谷学校で陽明学の講義をしたそうです。




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充実した時間を過ごして校門を出ました。
30分あれば・・・のはずがすでに1時間半以上経っています。

こうなったらとことん最後まで見学しようと
運転手さんに断ってもう少し待ってもらうことにします。
まだ見学したいところがあるのです(*_*;


続きます。






≪ おまけの1枚 ≫

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月と飛行機^^。
夕方、洗濯物を取り込みながら月と飛行機が微妙に重なるのに気がつきました。
飛んでくる飛行機を待ち構えて撮ってみましたがうまくいきません(+_+)



































岡山・吉備路、備前 ①

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前記からの続きです。

夕焼け空のあるうちに急げ急げで吉備路へ。
目当ての国分寺の五重塔が見えてきました。
ばんざ~い!!!間に合いそうです。

夕日を浴びて赤く染まって見えます。
でもこの時点では朱塗りの塔だと思っていました。




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急げとばかりに私たちは塔の近くで降ろしてもらい
娘は駐車場を探しに。





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近くで見ると朱塗りではないことがわかります。

天平13年(741)、聖武天皇の発願により全国に創建された官寺の1つ。
この五重塔は県内唯一のもの。

塔の4面それぞれに3体の干支。
合わせて12干支が彫られているそうです。




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塔の脇の斜面下は梅林。
満開でした。




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この手前は菜の花畑のはず><。
駐車場方向から来た娘はかろうじて菜の花が撮れていました^^。




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駐車場の前から。
午後6時40分ごろです。ライトアップされた塔。


吉備路は日にちの余裕がないので諦めていたのですが
五重塔を見ただけでもじゅうぶん満足^^。
あとはひたすら岡山を目指します。

午後8時前、岡山駅近くでレンタカーを返し、駅構内のスーパーで買い物。
娘が全行程を1人で運転してくれたので
「ありがとう、お疲れさま」と部屋で乾杯^^。

明日は帰る予定(予定は未定^^)だったので
帰るまでの時間をどう過ごそうかと・・・。
近いから備前焼の里に行ってみようということになりました。




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5日目、ホテルをチェックアウトし
岡山駅で荷物をコインロッカーに入れて少し身軽になります。
岡山駅から在来線の赤穂線に乗って伊部(いんべ)駅下車。

伊部駅の様子です。




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窯場の煙突を頼りにブラブラ歩き。
さすが、いたるところ備前焼のお店です。




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橋の向こうに茅葺の大きな家を見つけて行ってみました。
流れる川は不老川。




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行ってみると茅葺屋根の建物は備前焼のギャラリーになっていました。。
大きな煙突のある仕事場も。
古民家は200年くらい前の家で移築したものとか。
焼き物の展示にはぴったりの素敵な雰囲気でした。




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天保窯。
昭和46年、備前市指定文化財。

1832(天保3年)頃築窯。
備前焼の古窯で原姿を留めているのはこの窯のみ。
昭和15年頃まで焼き継がれてきたとのこと。




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大きな登り窯で脇の坂道をフーフー言いながら登りました。




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なるべく面白そうな細い路地を選び歩きながら
町を見渡せるという忌部(いんべ)神社に向かいます。




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忌部神社から展望台に向かう途中にあった北大窯跡。
大きな窪地になっていました。

陶器類を発掘してはいけないと注意書きがありましたが
面白かったのは神社宛のお詫びの手紙があったこと。

≪ 掘り出したものを持ち帰ったところ手足がしびれ、そのうち体中が・・・・・
申し訳ありませんでした・・・・・≫ という内容でした^^。




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展望台まで行ってみましたが
窯場の煙突は点在していてカメラに収めるのは無理><。
もっと林立している風景を想像していたのですが・・・。




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天津神社。
鳥居の奥に本殿があり
私たちは山道を下りてきたので先に本殿にたどり着きました。




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鳥居の奥には備前焼神門。




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さすが備前焼の町。
備前焼の狛犬、備前焼のタイルの参道。
本殿へ向かう参道の石段には備前焼の干支。
塀には作家の陶印入りの陶板が並んでいました。


伊部駅まで戻り、まだ帰るにはもったいない。
せっかくだから旧閑谷(しずたに)学校に行ってみたいということに。
タクシーに乗って行くことにしました。

運転手さんに聞いてみると30分もあれば見学できるでしょうとのこと。
これを信じたばっかりに・・・・・。


旧閑谷学校は想像を越えて素晴らしい所でした。

続きます。






≪ おまけの1枚 ≫


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ユキヤナギ。
花がやっと目立ち始めました。






















備中高梁 続き②

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前出の頼久寺に行く前に立ち寄ってみた御根小屋(おねごや)跡。
「御根小屋」とは松山城城主の日常の居館。
政庁もここにあり実質上のお城。
県の指定史跡。

現在の高梁高等学校です。

敷地内には小堀遠州の庭がありましたがみすぼらしくてがっかり。
頼久寺で見事な小堀遠州の庭に接して印象を改めることができて良かった^^。




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歴史の香り豊かな石垣に囲まれた学校。
生徒たちにとっては貴重な思い出になることでしょう。




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JR伯備線の線路脇のカフェで昼食をとり
前出の頼久寺に寄った後、さらに車を走らせて
紺屋町まで町並みを見に行きました。

紺屋川はかつて備中松山城の外堀の役目を果たしてきた川です。




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日本の道100選に選ばれています。

ブラブラ歩いていると北海道から来たという男性が話しかけてきました。
昨日だったら吹雪で飛行機も欠航だったけど
今日の予約だったから来ることが出来たとのこと。

ここ数日気象は日本列島各地で荒れ模様。




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魚屋さんです。




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家々はそれぞれ軒までの高さの青竹を花器に
色とりどりの春の花を飾っていました。




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帰り道、紺屋川が流れ込む高梁川に出てみました。
方谷(ほうこく)橋の上から。

方谷橋とは多分、山田方谷の名前からだと思います。
幕末、藩の財政を再建した人物です。




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レンタカーのまま岡山まで行きます。
岡山目指して走り始めてふと後ろを振り返ると夕日が。

もしかして夕日に輝く国分寺を見ることができるかも・・・。
即決即行、行先変更です。
時間はもうじき午後6時。
少々遅いですが備中国分寺へ向かいます。
運転手さん(娘)よろしく^^。

国分寺の五重塔は吉備路を代表する景観。
県内唯一のもの。

さて夕焼け空が残っているうちに行きつけるでしょうか。

続きます。







≪ おまけの1枚 ≫


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コンクリートが欠けた部分。
そこに吹き寄せられた薄い土の上に小さなスミレ。
ガレージです。踏まないように気を使います(^^♪























岡山・備中高梁 続き①

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大手門跡。

備中松山城、天空の城とも言われ
雲海に浮かぶ姿は素晴らしいそうです。


前日倉敷から高梁に着いた夜、
魚富という1階はカウンター席のみのお寿司屋さんで夕食を取りました。
海鮮、揚げ物、お豆腐料理そのほか全てが美味しいお店でした。
常連さんらしいお客や店主と話が弾み
そのうち松山城の雲海の話に。

雲海を見に行くなら地元のタクシーを頼むのが一番。
朝5時頃迎えに来てくれるようホテルに頼んでおくといいよと。
ホテルに戻って真剣に検討。
しかし娘の「明日は霧の出るような条件ではない」の一言で断念^^。
正直、朝5時なんて辛すぎる。ホッとしました(笑)。


この城の歴史は鎌倉時代の延応2年(1240)に始まり
有漢郷(うかんごう)・現高梁市有漢町の地頭、秋葉三郎重信が
臥牛山の大松山に砦を築いたことに始まる。
その後、小松山に移る。

時代とともにその縄張りは変わりますが
臥牛山全体が一大要塞となっていたことが残っている記録でわかるそうです。




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私にとってお城の魅力は何といっても石垣。
石垣を見上げ、手に触れ
はるか昔を想像することは楽しいことです。




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石垣の右側の自然石の部分は
石垣の異変を感知出来るような設備が設けられています。




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二の丸広場から。

右が天守閣。
木造本瓦葺き2層2階。

内部1階には長方形の囲炉裏があります。
天守閣に囲炉裏とは驚きです。初めて見ます。
長い籠城戦に備えてのことだとか。

更にこの階には装束の間といって籠城時の城主一家の部屋があり
床下には隙間なく石が入れられ忍びの者も入れないようになっています。
城が落ちる時には城主が切腹するための部屋でもあります。




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2階には城の守護神を祀った御社壇があります。
正面奥が祭壇です。




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天守閣内。
見事な木組み。

天守は1683年、水谷勝宗によって3年がかりで大修復されたものです。
水谷家は3代で世継ぎがなく断絶。

この際、城の受取りに来たのが播州赤穂の大石内蔵助。
松山藩家老の鶴見内蔵助との話し合いにより無血開城に成功。
「二人内蔵助会議」として後々まで語り継がれることとなりました。

装束の間が「切腹の間」とはならず良かった!!
血なまぐさいことにはならなかったと知ってホッとしました。




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天守のほかにも二重櫓、土塀の1部が現存。
共に国の重要文化財となっています。

土塀は壁の段差で現存部分と復元部分を区切っているとのこと。
これは後でパンフレットを見て知りました(+_+)
初めに知っていればちゃんと確認するのでした><。




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現存の土塀なのか復元された土塀なのかわかりませんが美しい姿です。




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天守閣前の本丸東御門。
長屋門の隅には自動でお茶が出る設備があり
熱いお茶は寒い日にしかも山道を登って渇いたのどにはとても有難いことでした。




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石火矢(いしびや)町ふるさと村へ。
250mに渡って武家屋敷が立ち並びます。
岡山県のふるさと村に指定。




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武家屋敷、旧折井家。
天保年間に建てられたもので200石前後の武士の住まい。




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ご挨拶(笑)。

玄関から上がるといきなり動きだしたものにぎょっとして飛び上がります(@_@。
出迎えてくれた武士です。
所作美しくお辞儀をしてくれました^^。

ところがとてもリアルというか、まるで病み上がりのような顔にそそけた髪。
気持ち悪いやらおかしいやら。
入って来る人たちは皆「わぁ~びっくりした!!!」と大騒ぎ。

帰る頃にはすっかり忘れていたので
いきなり背筋を伸ばして姿勢を正されたのでまた飛び上がりました^^。




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頼久(らいきゅう)寺。 臨済宗永源寺派の寺院。
足利尊氏が全国に作らせた安国寺の1つ。




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小堀遠州の造った庭園。
愛宕山を背景とした見事な借景庭園。




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落ち着いた簡素でいて素晴らしい座敷。
庭園を眺めながらしばしの休憩。

今回の旅の目的、古い街並み散歩まだ続きます。
ご訪問ください^^。






≪ おまけの1枚 ≫


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旅のあと東京に行っている間に
白いクロッカスと入れ替わるように咲いていた紫色のクロッカス。