九州の旅 ④

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最終日、朝食後荷物をまとめて出発。

因みにこのホテルは温泉ではありませんでしたが大浴場もあり
また朝食のバイキングも品数が多く楽しめました。

8時半、平戸島に向けて出発。
この赤い橋は平戸大橋。
この写真は島からの帰りの写真です。



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平戸ザビエル記念教会と寺院が一緒に見える風景。

キリシタン禁教令発布後、明治33年ごろに五島や海外からの移住者が住み始め
これらの人々がこの教会を形成した礎となっている。

平戸の信者たちは11年という長い年月自分たちの力で資金の積み立てをし用地も確保。
1930年(昭和5年)工事が着工。
聖堂建設は全て人力が頼り、大人も子供も資材の運搬に奉仕。
港から教会までの急坂は当時「十字架の道」と呼ばれていたとのこと。



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長い石段を登ります。
大山詣りででこぼこの危険な石段を経験した後ですから
平らな石段、なんということもありません(笑)。



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平戸ザビエル記念教会。



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礼拝堂入り口。
私たちは横の入り口から入ります。
中は撮影禁止。
想像していたより狭く質素な内部でした。



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礼拝堂の脇には聖ザビエルの像や
少し降りたところにはルルドの奇跡のマリア像があります。



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1549年(天文18)鹿児島にザビエル上陸。
ザビエルは3度平戸を訪問。
松浦隆信公は家来の木村氏の屋敷を与え布教を許可した。
しかし後、松浦藩主はキリシタン迫害へと転じる。

ザビエルは20日間の布教で100余人に洗礼を授けたという。

ザビエル像は1971年教会献堂40周年記念として建立。

平戸の殉教者の多くは名もない一般の信者たちで四百数十名と言われる。



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教会を出てから細い道を歩いていくと珍しい形の井戸がありました。



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平戸松浦氏発祥の地、別邸がそのまま資料館になっています。

松浦氏の出自は平安時代にさかのぼり
壇ノ浦合戦で水軍を率いて平家方として参戦。
鎌倉時代には蒙古襲来のときにも参戦。
家康の時代に平戸藩6万石余を確立。



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古びた石垣の佇まい。
興味ありましたが時間もあまりないためパス。



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九十九島(くじゅうくしま)パールシーリゾートでフリータイム、自由昼食。
観光客がいっぱいで初めに目指したところは団体予約が入っていて席がありません。
とにかく食事のできる店をと名物のあごだしラーメン店に。
濃い目の味でしたがダシがきいていて太目の麺にもこしがあり美味でした^^。

2階テラスからの港の様子が続きます。



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赤い遊覧船は「みらい」。



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乗船予定の船、「パールクイーン」。
船首には大きな真珠を手に持つ女神の像。

オプションの九十九島遊覧です。
窓に向かって座れる席を確保。
次々と変化する美しい景色を堪能。
以下、穏やかな海の様子が続きます。



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真珠、カキ、や魚の養殖が盛ん。



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船が方向転換するときの雄大な波の様子。
ゆっくりと方向転換をするときの波のうねりの美しさは今まで見たことがないのでうっとり。
誰にも邪魔されず全てを額縁の中に見るようなゆったりした席に大満足^^。



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サギが魚を狙っています。
次の瞬間くちばしには魚が。
トリミングしてもボケボケでした><。



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島には楓のように紅葉する木は殆ど無くせいぜい櫨(ハゼ)ぐらいとのこと。
下船の頃には雲が多くなっていましたがこれから乗船する人の列がありました。
晴れていれば夕焼けが素晴らしいとのこと。



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空港へ向かうバスの窓から見た田園の風景。



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佐賀空港到着。
ここで添乗員さんとお別れです。
お世話になりました。

座席は前から2列目の席でしたが運よく最前列の席が空いていたので
交渉して移動することができゆっくり足を延ばすことができました。

2泊3日ではちょっと物足りない旅。
平戸などフリーであちこち歩きまわれたらと思う旅でした。
機会があればこの地方をのんびりと気ままに旅してみたいものです。

ご訪問いただき、また長々とご覧いただき有難うございました。
終わります。
















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九州の旅 ③

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原の辻遺跡から左京鼻にやってきました。
この日は幸いそれほどの風もなく暖かでしたが
荒れた時はどんなすさまじい光景になるだろうかと思わせる断崖絶壁の地。



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八幡半島の突端、総延長1㎞の海蝕崖。



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左京鼻の先端に小さな鳥居が見えます。



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玄界灘からの強風を避けるように背丈を低くして咲く自生のだるま菊。
今年は周囲の芝を刈ったためか花が減ってしまったとガイドさん。



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鳥居をくぐると行き止まりになっていてそこには龍神様が祭られていました。

江戸時代の初め干ばつに苦しんだ時に雨乞いの儀式を行ったところとか。
左京とはその時に雨乞いの儀式を行った陰陽氏後藤左京からとった名前。



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玄武岩特有の柱状節理。
細い柱を束ねたような奇岩。

神話では壱岐島誕生時、島が流れないようにと8本の柱に繋いだが
それが折れて今に残ったものを折柱と言いこれはその1つと言われている。



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柱状節理がよくわかります。



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左京鼻からさらに移動。
海辺に祭られている「はらほげ地蔵」にやってきました。
全部で6体あります。

「ほげ」とは穴のこと。
お地蔵様のおなかの部分に穴が開いていることからこの名前が付けられている。

ちょうど引き潮だったので全身が現れていましたが
満潮時にはお地蔵様の腰のあたりまで海水につかってしまうとのこと。
底までよく見える澄んだ美しい海で小さなフグの泳ぐ姿も見ることができました。



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月読(つきよみ)神社。
壱岐最古の神社で神道発祥の社。
神道発祥の社・・・ここがとびっくりです。

島には1000社以上の神社があり
古墳群(円墳)もあり改めて古からの長い歴史を感じます。



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島内はツワブキの花があちこちで美しく咲いていました。

さて次は島を横断して湯ノ本温泉(白山火山系)を通り黒崎半島へ。



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黒崎半島に残る東洋一の砲台跡(直径10m)。
真上から下を覗きます。
山をくりぬいて作った地下7階建ての砲台。
入り口は今は立ち入り禁止になっています。

対馬海峡を航行する敵艦を攻撃するため太平洋戦争の時に作られた。
玄界灘をすべて射程内にしていたという。

昭和16年、太平洋戦争が始まったが航空戦が主流となり1発の実弾を発射することもなく終戦。
2回の試し打ちだけで終わってしまったので「打たずの砲台」と言われている。

来る途中の道路には検問所として第1の門、第2の門が残っていて
戦時中は半島の大部分は医者さえ入れないような立ち入り禁止の場所だったとのこと。



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砲台跡から歩いてすぐ、猿岩です。
高さ45mの海蝕崖の玄武岩。
確かに猿の横顔でまぶたまであります^^。



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この猿岩も神話の中の折柱の1つだそうです。



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バスにも猿岩^^。



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昼食に寄った「あまごころ壱場」でウニの説明を。

壱岐島では海女と海士(男性)とそれぞれ採る場所が決まっていて
左京鼻などのある内海では海女。
猿岩などのある湯の本湾では海士(男性)。

海女は今はレオタード姿で潜るそうです。
レオタードだと海水が冷たくて長く潜っていられないのでウニやアワビなどを採りすぎない。
そうすることで海の資源を守っているとのこと。

ウニの炊き込みご飯や新鮮なお刺身などの昼食後印通寺港のフェリー乗り場へ。
唐津東港まで午後の玄界灘はほとんど揺れを感じさせないほど穏やかでした。

早めにホテルに到着。
夕食も今日はホテルなのでゆとりがあります。
畳の部屋はくつろげて良いですね^^。
荷物を広げるにも広々使えて便利です。



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最終日の朝、ホテルの窓から。
朝もやにけぶる遠くの山々。



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最終日は平戸、そしてオプションで九十九島めぐりです。
続きます。




九州の旅 ②

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羽田を予定の13時05分より大分遅れて出発、九州佐賀空港に15時30分頃?着。
参加者23名。現地で添乗員さんと合流。
空港からバスで移動します。

飛行機の出発時間になっても来ない乗客が2名いてそのため出発が大幅に遅れました。
その分到着も遅れたためこの日の観光は夕暮れてからになりました><。



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鏡山展望台(標高284m)からの夜景。
昼間なら唐津港、虹の松原の全景が見渡たせるとのこと。

虹の松原は日本三大松原の1つ。
残念ながら真っ暗で><。



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松浦佐用姫の悲恋の伝説・・・領布振(ふれふり)伝説が残っています。
宣化天皇2年(537)の時の話。
長いので略します。



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ライトアップされて青く見えるのが佐賀城。



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帰るころには月が煌々と光りとても美しい光景でした。



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夕食は「マリンセンターおさかな村」で。
飛行機の遅れがここまで影響し、閉店時間がせまっていてしかも席が窮屈。
おさかな村という名前に期待したのですが残念ながら期待はずれ><。

宿は唐津ロイヤルホテル。
面白いことに部屋は旅館風の三和土に和室。
しかも布団でした^^。

ホテルに泊まってベッドがなくて畳に布団は初めてです。
やはり日本人(笑)、くつろぎます。
連泊なので気分ものんびり。



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翌日は現地ガイドさんとともに唐津東港からフェリーで壱岐へ。
約1時間45分。

なお壱岐島は佐賀県ではなく長崎県になります。

平戸藩から城代、郡代が置かれ明治4年の廃藩置県により平戸県に。
さらに11月には長崎県が成立し以後壱岐は長崎県。



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海沿いに建てられている火力発電の施設を後ろに見ながら。
島には電力の鬼と言われた実業家松永安左エ門の記念館があります。

確か壱岐は火力発電と風力発電に頼っているとガイドさんが・・・。



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雲間から天使の梯子。
海上で見る光景は神々しいばかり。



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この時期の玄界灘は波が高いということでこの日も結構揺れました。
早々にデッキから引き上げ船室でおとなしく目をつぶっていることに^^。
でもこの日はまだましで前の日は3mの波だったとか。



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壱岐島印通寺港が見えてきました。



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接岸の準備。



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まずはバスで原の辻(はるのつじ)遺跡に。

弥生時代の環濠集落跡。
2000年、国の特別史跡に。
2013年、出土品1670点が国の重要文化財に指定。

魏志倭人伝の中の「一支国」の王都と特定され
登呂、吉野ケ里遺跡に続く3つ目の国の特別遺跡に。



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遺跡の入り口に鳥のとまっている柱が2本立っています。
鳥居の原型。



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高官についてきた従者の家。



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地面からの柱にネズミ返しが付いている穀物蔵。



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山の上の白い建物は壱岐市立「一支国博物館」。
そこからこの遺跡が見渡せるように考えて建てられているとのこと。

建築家黒川紀章氏が手掛けた最後の建築物。

この遺跡はゆったりとなだらかな勾配のある芝地の中にあり
天も地も広く1日中寝転んでいられたらと思うほど気持ちの良いところでした。

しかもこの島の平野は深江田原(ふかえだばる)平野と言い
長崎県で2番目に大きな平野。米、麦が収穫されます。
とても豊かな土地で魚介類も野菜も穀物も自給自足できるそうで驚きました。
麦焼酎の発祥の地だそうです。

この後さらにバスで島の中を移動します。
続きます。


九州の旅 ①

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11月24日から友達とツァーに参加して
2泊3日で九州の壱岐や平戸を旅してきました。

出発の日は東京は54年ぶりの11月の初雪。
その前22日には福島を震源とする地震や津波。

地震や雪の影響で乗り物にも遅延情報が。
早めに家(世田谷滞在中)を出て羽田に向かいました。

また写真を整理しつつ記録していきたいと思います。
続きます。

神話の神様

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数年前、宿を決めずに九州旅行をしたことがあるのですが
宮崎県・高千穂峡を楽しんだ後、運よく小さな旅館に部屋を取ることができました。

その晩は近くの公民館のようなところで夜神楽見物。
イザナミ、イザナギの命の滑稽な舞に見物人は皆お腹を抱えて大笑いしました。




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これは手力男命(タヂカラオノミコト)の根付け。
携帯につけていますがお気に入り^^。

携帯の色が反射しています。




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天照大神(アマテラスオオミカミ)が天の岩戸に閉じこもってしまわれた時に
岩戸の扉を引き開けて大神を連れ出したといわれる力自慢の神様。
その時投げ飛ばした扉は信州の国・戸隠に飛んで行ったといわれています。

お神楽の面の髪の毛をむんずとつかんで
悠然と力強く舞っていた姿を今も懐かしく思い出します。




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ひっくり返った神様はまるで駄々っ子のようです(笑)。


庭は完全冬枯れ状態。
かろうじて寒椿とマンリョウが庭の彩り。
何か無いかなと・・・目の前にある根付を撮ってみました。