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夏の万座温泉 ①

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8月17日、午前8時過ぎ千葉の自宅を出発。
目的地は群馬県万座温泉。

お盆休みで帰ってきた娘の計画です。
新居に置きたいと棕櫚竹の鉢、私が種から育てたネムの木、お気に入りのチェスト
これらを車に押し込んでまずは東京の娘宅へむかって出発。

娘の第1番の目的はこれらを親の車で自分の家まで運ぶこと(笑)。
そのついでに近場の温泉にでも行きましょうかと・・・。

バタバタとこれらを娘宅へ運び込んでいざ群馬県へと出発。
天気予報は曇りが続くようですが山の天気は当てになりません。



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鬼押ハイウェー、急に霧が濃くなったり晴れたり目まぐるしいお天気。



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途中で休憩。



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今回の旅の目的の1つにはこの規制緩和された白根山の「湯釜」があります。
こればかりは晴れてほしいものです。



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鬼押出しを通り過ぎて先を急ぎます。



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高原キャベツで有名な嬬恋村にきました。
しばらく走ると廃屋としか見えないような異様な雰囲気の建物がありました。
以前売店だったような。
恐る恐る中に入って裏に抜けると探していた鎌原(かんばら)観音堂への道でした。



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こんなところを下りて行くのかと半信半疑。



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石段の途中から見えた茅葺の家。
屋根にはボタンヅルかセンニンソウか白い花が満開。
コオニユリかクルマユリかオレンジの花も咲いています。



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下りていくと広々とした境内に出ました。
延命寺のあったところです。
思いのほか人がいました。

この小さなお堂は「十王堂」。
発掘された民家の一部がこの中に保存されています。



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天明3年(1783)の浅間山大噴火による火砕泥流によって一瞬にして埋まってしまった鎌原村。
群馬県指定「天明3年浅間焼け遺跡」。

天明3年7月8日、新暦では8月5日、午前11時、浅間山が噴火。

大量の火砕流が山腹を秒速50mを越す猛スピードで流れ落ち
地表の土砂、水、岩を巻き込んで泥流となり鎌原の宿場町を直撃。
噴火は最後に鬼押出しを形成したのち9月末には平静に。

火口から村までわずか5分のスピード。
さらに火砕泥流は吾妻川に流れ込み利根川に合流して昼頃には前橋に流れ着いたとのこと。

古文書によると利根川を流れてくる死骸は無数。
この時の川の水は熱湯で周辺の人々の多くが死亡。
そのほかにも想像を絶する被害のすさまじさが書き残されています。



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噴火に対する心配はしても火砕泥流に関しては全く無防備だったため家にいたもの477人が犠牲に。
高台の観音堂に逃げることのできた93人だけが生き残ることができました。
近くの村々の援助に支えられて村を再建、今日に至っているとのこと。

近隣の名主たちの話し合いで生き残った人々の身分、血筋を取り払い
生き残った者同士で新たに夫婦縁組をし親子関係を作り村の復興に努めたという壮絶な村の歴史です。



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高台にあったため唯一残った建造物、観音堂。
鎌原村が開かれた頃から村人の祈願所として建てられ延命寺の一角にある。
十一面観音を本尊。
大同元年(806)の創建。
現存する茅葺のお堂は正徳三年(1713)に建立されたもの。

お線香の煙が絶えないようです。



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生死を分けた観音堂への石段。
上15段が命を救った石段。

橋の下が発掘された石段。
発掘の結果50段であったことが判明。
この時折り重なった女性の2遺体が発掘。
逃げようと娘が母親を(あるいは嫁が姑を)背負って石段を登っていたのだろうと推測されている。
あと少しのところで火砕泥流につかまってしまった無念さ・・・



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昭和50年に鎌原老人会の有志が埋没家屋の屋根材や生活品を発掘。
また昭和54年には児玉幸多博士が色々な分野の先生たちと「浅間山麓埋没村落総合調査会」を組織し調査。
この時観音堂の石段下から女性の2遺体が発掘される。

昭和55年には延命寺跡と思われるところから不動明王像、弁財天像、香炉など。

同56年には炭化した麦、銅製水差し、建築用材など発掘。

同60年から平成3年にかけてはさらに推定延命寺跡とされる所の発掘調査を実施。



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文化12年(1815)に建立された33回忌の供養塔。



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大災害から約30年。
残った者同士で新しく夫婦、親子の縁を結びなおしどうにか村を存続させ
立ち直ることができ家屋も21軒までに復興。
生き延びた人々の様々な思いがこめられています。



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浅間押しで我妻川に流されてしまった延命寺の石碑。
明治43年、洪水により25km下流の矢倉地区の我妻川で発見され
昭和18年この鎌原地区に戻されたとのこと。
良く発見されたものだと運命の不思議さに言葉がありません。

村の菩提寺であった延命寺は複数の建造物からなる格式の高い寺であることが判明しています。



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聖観音像。
200回忌に建立。



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境内を抜けて「嬬恋郷土資料館」へ行く坂道の途中で。
資料館もとても興味深いものでした。
鎌原村を襲った火砕泥流のようす、発掘の様子、どれを見ても悲惨極まりない歴史です。

鬼押出しは観光地として有名ですが鎌原村のことは初めて知り衝撃でした。
近くに嬬恋村指定遺跡「鎌原城址」がありますが時間もなく残念ながらスルー。



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万座ハイウェー、夕方5時過ぎ、霧が先も見えないほどに濃くなったかと思うと



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1分後には青空が見えたり・・・
山の天気はくるくる変わって^^。

続きます。









2 Comments

hotter  

No title

万座温泉、楽しみだにぁ・・・
これからの展開を楽しみにしています。

2017/09/04 (Mon) 15:40 | EDIT | REPLY |   
Xin  

Re: No title

hotterさん、コメント有難うございます。
万座温泉は温泉の効能抜群でまた行きたいと思っていたのですが
思いがけずこの夏に行くことができました。
冬と夏ではまるで違う雰囲気に魅せられます。
フリーだと気ままに動けるのがいいですね。
更新が遅れがちですがまたご訪問よろしくお願いします。

2017/09/04 (Mon) 18:15 | EDIT | REPLY |   

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