インドへの旅 完

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「クトゥブ・ミナール」。
インドニューデリー郊外にある世界一高い(72、5m)塔(ミナール)。

1200年頃、トルコ系軍人、クトゥブッディーン・アイバクが北インドを征服した記念に建造。
元は奴隷階級出身だったためこの時代を奴隷王朝ともいう。

塔のすぐ脇にあるのがインド初のモスク。
周辺にあったヒンドゥー教寺院を壊して廃材を利用して建てたとのこと。
そのためヒンドゥーとイスラム様式が混ざっている。

1993年に世界遺産登録(一帯の遺跡群を含める)。



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塔の一部が見えますが隣の遺跡に比べてもその大きさがわかります。
追い出されることなくワンちゃんがのんびりと^^。



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1~3階は赤砂岩、4~5階は大理石でこの部分は後の時代に建て直されたとのこと。
元々は100mくらいあったそうですが落雷や地震などにより先端が崩れ今の塔に修復。



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どの観光地も外国人観光客が目立たないほどインド人観光客の多さに驚きましたが
ここもたくさんの家族連れでにぎわっていました。



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美しい色合いのサリーに美しい女性、絵になりますね^^。



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航路になっているのかひっきりなしに飛行機が頭上を飛んでいきます。



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少しづつ夕焼けが広がっていきます。
この時間にここに来ることができてラッキーでした^^。
廃墟と化した建物群が一層趣あって見えます。



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塔に月、美しすぎて目が離せなくなります。



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外壁にはコーランが刻まれています。



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以前は先端部まで登れたそうですが
1982年、停電が起こり中にいた修学旅行中の女子生徒がパニックとなり
階段で折り重なって倒れ十数名が死傷、以降立ち入り禁止に。

人は多くてもひっそりとした静けさの漂う廃墟群。

このほかにも4世紀に建てられたとされる錆びない鉄柱(純度100%に近い)とか
この塔より高い塔を建てようとして挫折した「アラーイの塔」の基部とか・・・。
いかにも廃墟といった佇まいでありながら陰惨な感じはみじんもなくとても心に染み入る場所でした。



インドでは高速道路を2回経験しましたが
最初の高速はとても高速道路とは思えないボロボロでガタガタの道。
同行者の一人がしばらくして素っ頓狂な声・・・
まだ歩いていないのにもう万歩計が5000歩になっている!!!
皆大笑い、飛び跳ねて腰への衝撃が半端ではないひどい道でした^^。

ハリーさん「インドの高速道路には牛も人も犬も自転車も何でもいるよ」。
まさかと思いましたが本当でした(笑)。
私は豚も見たような記憶があります^^。
「インドでは高速道路で牛が歩いていないとニュースになるよ。」とハリーさん。
空港までの高速道路はさすがにまともでしたが・・・(笑)。



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午前1時25分デリー発。
成田国際空港着は日本時間でお昼の12時45分の予定。



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帰りは追い風で予定の時刻より1時間も早くお昼前に成田国際空港着。
出発前日に降った大雪がまだ消えずに残っていてびっくり。
日本がいかに冷え切っていたかですね。

インドとの時差はマイナス3時間半。
飛行時間もヨーロッパに比べれば短く時差ボケもないので大変楽でした。

貧富の差・・・といっても私たちはインドの大金持ちの生活がどんなものかは見ていません。
泊まったホテルの内容は庶民とは縁のないレベルだったとは思いますが・・・

テント生活をする人、路上生活者、物乞い、手作業で家や道路の工事をしている人たち、
路上で昼間からトランプをしている麻薬中毒者(後でメモを見るとオールドデリーのスラム街でした)etc
ほんの少しですが底辺で暮らす人々を見、一方で観光地で遊ぶ人たちも見・・・

よくインドは好きか嫌いかどっちかだとか、インドに行くと人生が変わるとか言いますが
私にとっては好き嫌いという枠を超えてとても興味深い国でした。
機会があればまた別の地方にも行ってみたいと思わせる国。
目が合えば子供も大人も誰もがニッコリ笑ってくれる国民性、とにかく明るいのです。
それはどこから育まれたものなのだろう、とても不思議な国インドでした。




≪インドのテロについて≫

空港やホテル、観光地のセキュリティーの厳しさには驚いたと書きましたが・・・

1971年東パキスタン(現バングラデシュ)が独立。
その際インドがその独立を支持したとパキスタンが根に持つ。

印パ戦争、パキスタン人捕虜10万人。
パキスタンは戦争に勝てないために数々のテロ行為を行うようになる。

2008年インドのムンバイで160人が死亡する同時テロが起こった時は
実行犯がパキスタンから海路上陸したと分かりさらに関係は悪化。

「タージ・マハル」は印パの緊張が一番高まった時には
パキスタン空軍の空爆の標的になりやすいと布をかぶせて偽装を行ったとか。
ドームの部分には布をひっかけるためのフックが何か所かあるそうです。

ガイドのハリーさんがパキスタンのことを一番悪い国、一番怖い国と言っていたのも
両国の間のこんな確執があるからだと帰国して調べてみてはじめて理解できました。



長々とご覧いただきありがとうございました。
間違った記述は気が付き次第訂正していきたいと思いますが
お気づきのことがありましたらよろしくお願いいたします。

終わります。


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コメント

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2018/03/01 (Thu) 06:13 | # | | 編集
No title

22章の旅日記、今迄の最長旅日記では・・・
ここまで詳細な記事にして頂くと、本当に行った様に錯覚します。
お疲れさんでした、そしてありがとう。

2018/03/01 (Thu) 13:41 | hotter #- | URL | 編集
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2018/03/01 (Thu) 13:49 | # | | 編集
Re: No title

hotterさん、コメント有難うございます。
インドは行く所行くところ1枚、2枚の写真ではとても書き表せず
ついつい写真の枚数も多くなってしまいました。
世界遺産を巡った旅でしたがどこもスケールが大きく圧倒されました。
長々とご覧いただき有難うございました。

2018/03/01 (Thu) 23:17 | Xin #- | URL | 編集

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