伊豆半島へ ⑥

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ハーブガーデンというといかにも作りものめいた画一的な庭を予想していましたが
丘陵の自然のままの地形を生かし、生えてくる草も自由そのままという美しい広々した園でした。

緻密な計算のもとに設計されていることはもちろんですが
海と山の両方を堪能できる庭園はそうそう無いのではと認識新たにしました。

次に向かったところは伊豆の国市長岡にある「韮山反射炉」。



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平成27年(2015)7月世界文化遺産登録。

19世紀の半ばから20世紀の初頭にかけて
日本は非西洋諸国で初めて50年余りという短い期間で植民地にならずに
自らの手で製鉄、製鋼、造船、石炭産業など重工業分野において産業化を成し遂げた。



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天保11年(1840)のアヘン戦争を機に
日本は列強諸国に対抗するために軍事力の強化が課題となる。

韮山代官の江川太郎左衛門英龍は西洋砲術の導入、鉄製大砲の生産、台場の設置、海軍の創設や
西洋式訓練を施した農兵制度の導入などを幕府に提言。

このうち鉄製大砲を鋳造するために必要とされたのが「反射炉」。

嘉永6年(1853)、ペリー艦隊の来航を受け、江川英龍を責任者として反射炉と品川台場の築造が決定。



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反射炉とは金属を溶かして大砲などを鋳造するための溶解炉。
内部の天井がドーム状になった炉体部とレンガ積みの長い煙突からなる。

炉の中で発生させた熱や炎を炉内の天井に反射させ一点に集中させることにより
千数百度の高温を実現し銑鉄を溶かすことが可能になる。

この仕組みから「反射炉」と言われる・・・難しいのですがおぼろげながら理解^^。



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銃剣を利用した柵の1部を展示。
銃剣の長さに驚きます。



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韮山反射炉は稼働を終えた後150年以上にわたって地域住民の理解や協力のもと
補修・修理を重ねながら今日まで保存。

鉄骨による外壁の補修など今の姿になるまでの変遷の様子が写真に残されています。
壊してしまうのは簡単ですが保存の道を選び努力を重ねてきたことに敬意を表したくなります。

敷地にポツンとこの反射炉があるだけですがものすごい存在感です。



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丘を登っていくと茶畑が広がっていました。



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お天気が良ければ反射炉の後ろに富士山が見え素晴らしい景色だとか。
富士の裾野が少し見えています。



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ジョウビタキ発見!!!
茶畑の多分給水用の管?の上にじっと止まっています。
我が家の庭でも撮りそこなっているので今年初めてです♡♡♡。


続きます。
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コメント

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2018/03/27 (Tue) 06:06 | # | | 編集
韮山反射炉

Xinさん、こんばんは

韮山反射炉、大切に保存されているんですね。
ペリー艦隊が来て急遽作製造され、日本を守るため少しは役に立ったようですね。
また、ジョウビタキに今季初出会いが出来てよかったですね。

2018/03/27 (Tue) 16:52 | ハロゲンくん #- | URL | 編集
Re: 韮山反射炉

ハロゲンくんさん、コメント有難うございます。
韮山反射炉は建物の姿に惹かれて行ってみたのですが行ってみて良かったです。
ペリー来航は知られていても陰の力となったこういう歴史は知りませんでした。
ジョウビタキ、嬉しかったですよ^^。
思っても見ないところに止まっていました。

2018/03/27 (Tue) 19:42 | Xin #- | URL | 編集
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2018/03/27 (Tue) 19:50 | # | | 編集

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